大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和37年(ワ)776号 判決 1965年4月12日

主文

1  被告は原告に対し別紙目録(二)の土地につき昭和三七年六月一二日福岡法務局西新町出張所受付第一〇、三〇二号昭和三七年六月七日売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

2  被告は原告に対し別紙目録(四)の工作物を収去せよ。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は折半して原、被告の各負担とする。

事実

一、申立

(一)  原告は、

1  主文1と同旨。

2  被告は原告に対し別紙目録(三)の建物、同目録(四)の工作物を収去して同目録(二)の土地の明渡をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と2につき担保を条件とする仮執行の宣言を求める。

(二)被告は、

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

二、主張

(一)  原告の請求原因

1  原告はその所有にかかる別紙目録(一)の土地のうち一二坪二七を昭和二七年一月被告の母訴外深堀ヒデに賃貸し、同訴外人はその地上に同目録(三)の建物を築造して所有していたが、同訴外人は昭和三六年三月頃右建物から立退き、被告が入れ替りに右建物に入居した。

2  原告は昭和三七年六月二日被告に対し同目録(一)の土地のうち同目録(二)の部分を、代金は坪当り金六、〇〇〇円とし、契約と同時に金八万円を支払い、残金は同月から毎月一一日に金五、〇〇〇円ないし三、〇〇〇円宛割賦支払うこととして、売渡す契約をし、同月二日右金八万円を受領し、同月六日分筆登記をした。

3  右契約において、所有権移転登記は代金完済と同時にすること、それまでは被告は右土地内に建物その他の工作物の築造をしてはならないことを約定していたところ、被告は、代金の完済までは長年月を要するので、さしあたり売買による所有権移転の仮登記をしてくれるよう申出たので、原告はこれを承諾し、仮登記手続に必要な原告の印鑑証明の下付申請を被告に依頼するとともに原告の実印を被告に一時預けたところ、被告は原告の承諾もないのにその実印を冒用して原告の委任状を偽造し、これによつて昭和三七年六月一二日原告の申立1の所有権移転の本登記をし、さらに約定に反して右土地内に原告に無断で建物の新築を計画し、同年七月二〇日頃から同目録(四)の工事をした。

4  被告の右行為は前記契約に違反し、信義則に違反するものであるから、原告は昭和三七年八月三日被告に到達の内容証明郵便をもつて右売買契約解除の意思表示をした。

5  よつて、被告に対し、前記所有権移転登記は第一次的に原告の意思に基かない無効のものであり、第二次的に前記売買契約が解除されたので原因を伴わないものであるから、その抹消登記手続を求め、かつ右売買契約が解除されたのでその原状回復のため、同目録(三)の建物、同目録(四)の工作物を収去して同目録(二)の土地の明渡を求める。

(二)  被告の答弁

1  原告の請求原因のうち、1のうち、訴外深堀ヒデが原告からその主張の日その主張のその所有の土地の部分(ただし、別紙目録(二)の土地の部分)を賃借し、その地上に同目録(三)の建物を築造して所有していたが、同訴外人は右建物から退去し、被告が入居していること(被告は同訴外人から右建物の贈与を受けた)、2、3のうち、原告の申立1の所有権移転の本登記がなされたこと、被告が同目録(四)の工事をしたことは、認めるが、その余は争う。

2  原告の代理人その妻訴外平石トミがみずからすすんで分筆の測量をした訴外今村主人を通じて被告に対し同目録(二)の土地につき所有権移転の本登記をするように申出で、原告の実印、印鑑証明、権利証等を一括して被告に託したので、被告は同訴外人を通じて訴外司法書士柴田英幸にこれを届けさせてその登記手続をとらせたものであつて、被告は原告の委任状を偽造行使したことはなく、右登記は適法有効であり、また、原告主張のような建築禁止の特約などはなかつた。

3  かりに右訴外平石トミは仮登記をするつもりであつたとしても、同訴外人は本件につき登記申請の意思があり、その登記が実質的権利関係と一致している以上、その登記は有効であつて抹消せらるべきものではなく、また、被告は同訴外人が右訴外今村主人に所有権移転の本登記を依頼したものと信じてその手続をとつたものであるから、被告に信義則に違反する行為があつたものとすることはできない。

また、かりに原告主張のような建築禁止の特約があつたとしても、被告の義母訴外松村千代が右訴外平石トミにあらかじめ断つてその承諾のもとに前記工事にかかつたのであるから、これも被告に信義則に違反する行為があつたものとすることはできない。

したがつて、原告が被告に信義則に違反する行為があつたことを理由としてなした本件土地の売買契約の解除は無効である。

4  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由のないものである。

三、証拠(省略)

理由

一、原告主張の請求原因2の事実、別紙目録(二)の土地につき原告の申立1のとおりの所有権移転の本登記がなされたこと、被告が同目録(四)の工事をしたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第五号証の七、一二、一三、証人伊東憲次、同柴田英幸、同椛島暁美の各証言、同今村主人、同松村千代、同深堀喜代子の各証言の一部(後記措信しない部分を除く)、被告本人尋問の結果(第一回)の一部(前同)をあわせみると、本件売買契約の締結にあたつて、別紙目録(二)の土地の所有権移転登記は売買代金の完済と同時にすること、それまでは被告は右土地内に建築その他工作物の築造をしてはならないことの約定があつたこと、ところが、右土地の測量にあたつた訴外今村主人は原告の代理人その妻訴外平石トミから右土地につき所有権移転の本登記をすることの世話を依頼されたものと誤解ないし早合点をし、その旨を被告に通じ、よつて被告は右訴外平石トミから一括して託された原告の実印、印鑑証明、権利証等を訴外今村主人の事務員訴外椛島暁美を通じて訴外司法書士柴田英幸に届け、同訴外人は右訴外今村主人の依頼によつて原告の申立1の本登記に必要な原告の委任状その他の書類を作成して右登記手続をしたこと、および、被告の義母訴外松村千代は右訴外平石トミから右土地内に建物を築造することの承諾を得たものと誤解ないし早合点をし、その旨を被告に通じたので、被告は同目録(四)の工事にかかつたことが認められる。右認定に反する証人今村主人、同松村千代、同深堀喜代子の各証言部分、被告本人尋問の結果(第一回)部分は措信しがたく、甲第六号証の記載内容は被告本人尋問の結果(第二回)とくらべみると採用できない。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみると、仮登記と本登記とは権利関係が異り、原告の申立1の本登記は原告の意思に基かないものであるから無効のものというべきであり、同目録(四)の工事は建築禁止の特約に違反したものというべきである。したがつて、被告は右本登記の抹消と右工事の収去をなすべき義務がある。

二、しかし、被告が同目録(一)の地上に同目録(三)の建物を所有して該土地を占有していることは、被告の認めるところであり、原告がその主張のような売買契約解除の意思表示をしたことは、成立に争いのない甲第二号証の一、二、三によつて認められるが、前認定の事実によつてみると、原告主張の事由による解除権を留保する特約があつたものとはみられないし、被告の前認定の行為が信義則に違反するものともみられないので、右解除は無効のものというべきである。したがつて、原告は被告に対し同目録(三)の建物を収去して同目録(二)の土地の明渡を求める権利はない。

三、よつて、原告の本訴請求は主文1、2の限度においては理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、原告の仮執行宣言の申立は、相当でないと認められるので、却下する。

最終口頭弁論期日 昭和四〇年三月一二日

別紙

目録

(一) 福岡市大字田島字池ノ田一、四五七番の三

山林    三畝二〇歩

(二) 同所一、四五七番の八

山林    一畝一三歩

(三) (二)の地上に所在の

木造セメント瓦葺平家建一棟

建坪    約七坪

(四) (二)の地上に工事中の間口約二間奥行約二間半の四方を囲んだセメント製ブロック基礎工事

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例